東京高等裁判所 昭和29年(う)659号 判決
被告人 金錫[王文]
〔抄 録〕
一、控訴趣意(一)について。
所論は要するに原判示第二において被告人が所定の通関手続を経ずに旅行用小切手および米軍軍票をわが国内に搬入しようとして目的を遂げなかつた事実を以て関税法違反なりとしたのは法律の適用を誤れるものなる旨を主張するものである。そこで按ずるに、まず、旧関税法(昭和二九年四月二日改正以前の関税法)第一条には輸入貨物に対しては関税定率法所定の基準に従つて関税を課する旨規定しているのに関税定率法の別表の輸入税表第一一類第一、一四〇号には紙幣、銀行券、利札、株券その他の有価証券は無税と定められており、他方、外国為替及び外国貿易管理法第六条第一項第十五号には同法にいわゆる「貨物」とは貴金属、支払手段および証券その他債権を化体する証書以外の動産をいう旨規定していること孰れも所論のとおりである。
然し、関税法は、関税定率法等と相俟つて総ての貨物の輸出入に際し之に対する関税賦課事由の有無および同賦課の限度の審査ならびに賦課徴収手続等を明確ならしめることを主眼とし、同法規にいわゆる貨物とは、外国為替及び外国貿易管理法上の「貨物」の如く特定された対象と異り、輸出入の対象たる有体的動産類を汎称するものと解するを相当とする。而して関税定率法は実質的には関税法の内容を構成する法規であるが、その関税定率法において無税と定められていることは、同物品には当面の方策上関税を賦課せざる旨を表明するに止まり、之によつて当該動産物件が関税法規上貨物性を有せざることを意味するものではない。
故に、原判示第二において前記関税定率法別表所定の紙幣や銀行券等と法律的性能が類似する旅行用小切手および米軍軍票を以て関税法上の貨物と解し、それらの輸入関係行為に対し関税法を適用処分したことは正当であり、原判決には此の点につき所論のような違法の廉あるものではない。論旨は理由がない。
二、控訴趣意(二)について。
所論は畢竟原判決が同判示第一の外国為替及び外国貿易管理法違反行為と同第二の関税法違反行為とを各独立別個の行為と認め、これらに対して併合罪の規定を適用処断したことは事実誤認より延いて法律適用上の誤に至れる旨主張するものである。
然し、関税法は、前にも述べた如く、直接には関税徴収等を主眼とし、貨物の国際的出入抑制作用は右徴税により齎らされる間接的効果として期待される関係にあるに反し、外国為替及び外国貿易管理法は外国為替、外国貿易およびその他の対外取引の全般に亘つて正面よりその管理保護に当ることを目的とするものであつて、両者は夫々使命性質を異にするものである。而して原判示第一の点は支払手段としての旅行用小切手および米軍軍票を外国為替及び外国貿易管理法所定の許可手続を経ずに輸入したことを認定しており、原判示第二の点は関税法および関税定率法所定の貨物たる旅行用小切手および米軍軍票を関税法所定の免許を受けることなくして輸入しようと企てて目的を遂げなかつた行為を認定しているのであつて、右両所為は、右各法規の目的に照らし夫々内容性格を異にするのみならず、厳密に観れば、外形的にも各実行の場所や時刻に若干の区別と順序とがあり、原判示第一の関係手続が終了した後他の場所に到つて同第二の手続がなされ、各違反行為は右手続の都度成否が確立するものなることは原判決引用の諸証拠によつて既に明らかであり、原審取調にかかる爾余の証拠および当審取調の各証拠によるも原判決に所論のような事実誤認の廉ありとは到底認めることができない。故に、原判決において同判示第一および第二の両所為を以て各独立にして併合罪の関係にあるものと認め且つ第二の所為につき未遂罪の成立を認めたことは、事実認定および法令適用いずれの点よりみるも正当であつて、右両所為を以て刑法第五四条第一項前段の競合関係ありとなす主張は到底首肯し難い。論旨は理由がない。